猿投神社・足助八幡宮・挙母神社・香積寺・三光寺 豊田市内 御朱印めぐり
この記事では、愛知県豊田市にある寺社をめぐる御朱印めぐりの旅を紹介しています。
猿投神社
猿投神社(さなげじんじゃ)は、猿投山の麓、愛知県豊田市猿投町にある神社です。
主祭神は、景行天皇の子で日本武尊(小碓命)の双子の兄、大碓命(おおうすのみこと)になります。
元々は、神体山である猿投山の神を祀ったものとみられています。
創建年などの詳細は、不詳のようです。猿投山の麓に本社、猿投山東峯に東宮、西峯に西宮があります。
総門(写真上)から入り、境内を進むと、社殿の前に、立派な神楽殿が建っています。
下は拝殿になります。
社殿には、猿の彫り物も存在感を放っています。
いただいた御朱印には、「左鎌」の印が押されています。祭神の大碓命が左利き(双生児の場合は、一方は左利き)
だそうです。猿投神社には、当時、左鎌を使ってこの地を開拓されたという大碓命の御神徳を慕って、諸願に左鎌
を奉納する信仰があるそうです。
足助八幡宮
足助八幡宮(あすけはちまんぐう)は、紅葉で有名な香嵐渓の地、豊田市足助町にある神社です。
「足助」の社名からか、古くから足、旅、交通の守護神として信仰を集めている神社です。
主祭神は品陀和気命(ほんだわけのみこと;応神天皇)になります。
創建は、白鳳三年(673)になるそうです。
本殿は、室町時代の建立で、国の重要文化財に指定されています。
足助神社
足助神社(あすけじんじゃ)は、足助八幡宮と同じ敷地にある神社です。
祭神は、鎌倉時代末期(1331)に、後醍醐天皇が鎌倉幕府倒幕の旗をあげ(元弘の変)、笠置山に立て籠った時の
篭城軍総大将となった武将、足助重範になります。
創建は明治35三十五年(1902)になります。
御朱印も八幡宮社殿脇の社務所の方でいただきます。
香積寺
香積寺(こうしゃくじ)は、豊田市足助町にある曹洞宗の寺院です。山号は飯盛山、本尊は聖観世音菩薩になります。
創建は応永三十四年(1427),滅亡した足助氏の菩提をともらうために、足助氏の居館(飯盛山城)跡に建立された
そうです。
下は山門になります。
本堂(写真下)の脇には開山当時から寺の鎮守として豊栄稲荷が奉られています。
11世住職の三栄和尚は、巴川沿いに紅葉や杉を植え、紅葉の名所“香嵐渓”の基を築いたと言われ、“もみじの開祖”と
呼ばれています。
いただいた御朱印には、本尊の「聖観世音」が書かれていました。
拳母神社
挙母神社(ころもじんじゃ)は、名鉄豊田市駅から徒歩10分ほどの豊田市挙母町にある神社です。
創建は1189年、源義経の家臣鈴木重善が「子守明神」を勧請し祀ったことが始まりと伝えられています。
昔から安産、初宮詣り、七五三詣りなど子供の成長を願って訪れる人が多い神社です。
拝殿前にある楠木は、樹齢650年になるそうです。
下の写真は、拝殿になります。
いただいた御朱印には、「子守大明神 拳母神社」と書かれていました。
三光寺
三光寺(さんこうじ)は、名鉄上挙母駅から徒歩3分ほどの豊田市金谷町にある真言宗醍醐派の寺院です。
山号は金谷山、本尊は弘法大師の作と伝わる梵天帝釈青面金剛王になります。この青面金剛王(庚申尊)は、
日本三躰の霊像いわれているそうです。三光寺は、昔から「金谷の庚申さん」と呼ばれ尊崇を集めているお寺です。
庚申とは干支(えと)の庚(かのえ)申(さる)の日を意味しているそうです。この庚申の夜に人間の体の中にいる
三尸の虫が、人が寝ている間に体から脱け出して、天帝にその人の行った悪行を告げ口に行くのだそうです。
天帝は寿命を司る神で、悪いことをした人は、罰として寿命を縮められることになるそうです。しかし青面金剛は、
この三尸の虫を食べてしまうそうで、いつの日からか、庚申の日には、この青面金剛を拝むようになり、庚申
イコール青面金剛となったようです。
三光寺は、申(さる)と縁のあるお寺、本堂の前には、狛犬ならぬ狛猿が控えています。
下は、護摩堂になります。
いただいた御朱印には、「南無庚申尊」と書かれていました。