鑁阿寺・足利織姫神社・大光院 足利・太田 御朱印めぐり
この記事では、栃木県足利市にある“鑁阿寺”、“足利織姫神社”そして隣接する群馬県太田市にある“大光院”をめぐる
御朱印めぐりを紹介します。
鑁阿寺 (足利市)
鑁阿寺は、栃木県足利市家富町にある真言宗の寺院です。 山号は金剛山、本尊は大日如来になります。
創建は鎌倉時代初期の建久7年(1196)、足利義兼が邸内に、持仏堂を建て、守り本尊として大日如来を祀ったのが
始まりといわれ、以後足利市の氏寺として伽藍の整備が進んだようです。
ほぼ正方形の敷地の周囲に、寺では珍しい土塁と堀をめぐらしていて、鎌倉時代の武家の館の面影を残しています。
下の写真は、山門になります。
本堂は、禅宗様式をとりいれた鎌倉時代の建物で、国宝に指定されています。
その他、鐘楼や経堂(写真下)など重要文化財に指定されています。
いただいた御朱印には、本尊の“大日如来”が書かれていました。
なお、鑁阿寺に隣接し、日本最古の大学『足利学校』の史跡があります。
近くには、足利尊氏の銅像も建っています。
足利織姫神社 (足利市)
足利織姫神社は、栃木県足利市西宮町にある神社です。 祭神は、機織を司るといわれる天御鉾命、
天八千々姫命の二柱になります。 神社の紹介によりますと、1200年の歴史と伝統のある機業地足利の守護神として、
江戸時代半ば1705年に、この二柱を勧請しお祀りしたのが当社の始まりだそうです。
産業振興の神様、そして現在は縁結びの神様として信仰が篤いそうです。
現在の美しい朱塗りの社殿は、昭和12年に建てられたものになります。
境内は、関東平野が一望できる織姫山の中腹にあります。
大光院 (太田市)
大光院は、群馬県太田市金山町にある浄土宗の寺院です。山号は義重山、正式名称は義重山大光院新田寺、
本尊は阿弥陀如来になります。 慶長十八年(1613)、徳川家康が祖先、源義家の孫新田義重を追善するために、
呑龍(どんりゅう)上人を開山として創建した寺になります。
江戸時代は、浄土宗の学問所である関東十八壇林の一つになる格式の高い寺であったようです。
寺の案内によりますと呑龍上人は、当時流行していた堕胎や間引きで子供が殺されていくのを制止され、
これらの子供を引き取って弟子として育てられた尊い菩薩のような方だそうです。後世の人々からも「子育て呑龍」、
「呑龍さま」と尊敬され、慕われている方になります。
大手門は、大阪城が落城した日に落成したため、「吉祥門」と名づけられたといわれています。
本堂(写真下)の前には、「臥龍松」と呼ばれる大きな臥せった龍の形をした存在感ある松が構えています。
開山堂(写真下)には、呑龍上人が祀られています。
開山堂でいただいた御朱印には、「子育呑龍上人」と書かれていました。