恵林寺・武田神社・甲州善光寺・大善寺 御朱印めぐり
甲斐の国、甲州には、戦国時代を代表する武将の一人、武田信玄公の墓所がある恵林寺や武田信玄を祭神として祀る武田神社など、戦国の歴史が色濃く残る地域です。
また、山岳地帯や渓谷、そして広大な扇状地にブドウや桃などの果樹園が広がり、自然そして山の恵み豊かな田園地帯でもあります。
この記事では、車で勝沼インター近くの大善寺からスタート、恵林寺や甲州善光寺、そして武田神社などをめぐる御朱印めぐりを紹介しています。
大善寺
大善寺は、甲州市勝沼町にある真言宗智山派の寺院です。山号は柏尾山、本尊は薬師如来になります。寺の縁起によりますと、創建は養老二年(718)開基は行基になります。
行基が勝沼の柏尾で修行をしたところ、満願の日、夢の中に手に葡萄を持った薬師如来が現れたそうです。行基はその夢を喜び、夢の中に現れたお姿と同じ薬師如来像を刻んで安置したのが、大善寺の始まりだそうです。 以来、行基は薬園をつくって民衆を救い、法薬の葡萄の作り方を村人に教えたので、この地に葡萄が 栽培されるようになり、これが甲州葡萄の始まりだと 伝えられ、大善寺は、別称“ぶどう寺”とも呼ばれています。
楼門(写真上)は、元禄17年(1704)に建立されたもので、堂々とした構えを見せ
ています。楼門から本堂までは、階段が続きます。
本堂の薬師堂は、鎌倉時代の本格的密教仏堂であり、国宝に指定されています。
華麗さと荘厳さを併せ持つ建物です。
方丈裏の庭園は、江戸時代のもので、県の指定文化財に登録されています。
いただいた御朱印には、本尊の“薬師如来”と書かれていました。
そして右上には『ぶどう寺』と別称が書かれています。
慈雲寺
慈雲寺は、甲州市塩山にある臨済宗妙心寺派の寺院です。
山号は天龍山、本尊は聖観世音菩薩になります。
開基は1338年ごろ、夢窓礎石による開山と伝えられています。
慈雲寺のある村は、明治の女流文学者、樋口一葉の両親が生まれ育った所であり、
境内には、一葉の死後、一葉を偲んで同寺の境内に一葉女史碑が建立されています。石碑の裏側には建立賛助者として、森鴎外、坪内逍遥、与謝野晶子などの名が
書かれています。
本堂の脇には、樹齢300年を超えるといわれる県指定天然記念物のイトザクラの
大木があり、毎年多くの花見客を集めるそうです。
おりしも6月中旬、青々と茂った葉を重そうに揺らすイトザクラを写真に収めてきました。
いただいた御朱印は、本尊の“聖観世音菩薩”と書かれています。
恵林寺
恵林寺は、甲州市塩山にある臨済宗妙心寺派の寺院で、武田信玄の菩提寺として知
られ、本土の裏は信玄公の墓所になっています。
山号は乾徳山、本尊は釈迦如来になります。創建は元徳2年(1330)、夢窓礎石の
開基と伝えられています。
長い参道を進むと、桃山時代に建てられた国の重要文化財に指定されている四脚門
があります。
本堂は、明治時代に火災により焼失した後、再建されたものです。
本堂に入り、「きゅっきゅ」と鳴く、うぐいすの廊下を抜けた、明王殿に武田不動
尊が安置されています。
この不動明王は、武田信玄が生前に摸刻させたという等身大の像であり、力強い姿
を見せています。
庫裡近くにある庭は、670年ほど前に夢窓礎石により築庭されたもので、国の名勝
指定を受けています。
いただいた御朱印には、明王殿に安置されている不動明王“武田不動尊”と書かれて
います。
甲斐善光寺
甲斐善光寺は、甲府市にある浄土宗の寺院です。山号は定額山、本尊は善光寺如来
になります。
甲斐善光寺の創建は、永禄元年(1558)、開基は武田信玄になります。
寺伝によりますと、信玄公が、川中島の合戦の折、信濃善光寺の焼失を恐れ、本尊
善光寺如来をはじめ、寺宝類を奉遷したことに始まりまると伝えられています。
山門は重要文化財に指定されており、両側には仁王像が祀られています。
現在の金堂は、火災による焼失後、寛政八年(1796)に再建されたものになります。
金堂は、善光寺建築に特有の撞木造(しゅもくづくり)とよばれる形式で建てられて
いて、総高27メートル、総奥行49メートルという、日本有数の木造建築として有名です。
いただいた御朱印には、本尊である“善光寺如来”と書かれています。
武田神社
武田神社は、甲府駅の北、およそ3キロの武田氏館跡に建てられた、武田信玄を祭
神として祀る神社です。
創建は大正八年(1919)であり、大正天皇の即位記念に、武田信玄に従三位が追贈
されたのを契機に、「武田神社奉建会」が設立され、大正八年に社殿の建立がなさ
れたそうです。
武田信玄は、大永元年(1521)神社近くの石水寺要害城で生れ、天正元年に上洛の
夢半ばに信州駒場で53歳の生涯を終えています。
21歳の時に国主となって以来30年余、緒戦に連戦連勝を重ねるのみならず、 領国
の経営に心血を注ぎ、特に治水工事、農業・商業の隆興に力を入れ、領民に深く愛
された殿様です。
現在でも地元では、「信玄さん、信玄さん」敬慕の情をこめて呼ばれ、
郷土の英雄として称えられているそうです。
写真は、拝殿になります。この奥に本殿が構えています。
社務所の前庭では、地中に響く“水琴窟”の澄んだ音を聞くことが出来ますので、
武田神社を訪れたら、静かに竹筒に耳を添えてみてください。
いただいた御朱印の右上には、『風林火山』の軍配が押印されています。